東京生まれ。桐朋学園大学において、指揮を小澤征爾、秋山和慶、尾高忠明、作曲を三善晃、ピアノを徳丸聡子、藤井一興の各氏に師事。大学在学中から新日本フィルハーモニー交響楽団で小澤征爾氏のアシスタントとして活躍。また同時期、NHK交響楽団および東京フィルハーモニー交響楽団で鍵盤楽器奏者として数多くの演奏会に出演。1989年渡独後はベルリン国立芸術大学にて、ハンス=マルティン・ラーベンシュタイン教授に師事。
1990年第40回ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。以後、着実にヨーロッパでの実績を重ね、これまでロンドン交響楽団、モントリオール交響楽団、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団、トゥールーズ・キャピトル劇場管弦楽団、パリ室内管弦楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、デュッセルドルフ交響楽団、ダルムシュタット国立歌劇場管弦楽団、チューリンゲン・フィル、ワイマール州立歌劇場管弦楽団、アウグスブルク・フィル、ノーザン・シンフォニア、オーデンセ交響楽団、ハイファ交響楽団、チャイナ・フィル等などを指揮、ベルリン音楽祭、エヴィアン音楽祭などにも出演している。また、A.S.ムター、F.=P.ツィンマーマン、Z.コチシュ、B.=L.ゲルバー、J.=P.コラール、S.カツァリス、M.ベロフ、T.バルト、R.コロなど世界的なソリストとの共演も多く、M.ロストロポーヴィチとは度々共演、ロンドン交響楽団とともにグバイドゥーリナの作品をEMIにレコーディングも行っている。
日本国内では1991年「若い芽のコンサート」でNHK交響楽団を指揮してデビュー。その後定期的に全国の主要オーケストラを指揮し、いずれも好評を得ている。1993年から1998年まで新星日本交響楽団の正指揮者を務める。作曲、ピアノ、指揮の総合的な豊かな才能を活かし、定期公演をはじめ、独自の企画に臨み、オーケストラの発展に寄与。特に94年グレツキ≪悲歌のシンフォニー≫日本初演、95年ヨーロッパ・ツアーの成功、ワーグナー≪ワルキューレ≫第1幕、96年メシアン≪トゥーランガリラ交響曲≫、97年マーラー交響曲第6番、シェーンベルク≪期待≫、98年ラヴェル≪ダフニスとクロエ≫、マーラー交響曲第2番『復活』の成功は特筆される。引き続き1999年より東京フィルハーモニー交響楽団正指揮者に就任、古典からコンテンポラリーまで意欲的なプログラミングで高い評価を得た。2003年からは名古屋フィルハーモニー交響楽団常任指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者を兼務、前者とは武満徹≪セレモニアル≫、メシアン≪トゥーランガリラ交響曲≫の意欲的なプログラムでのオーストリア、ドイツ五都市への演奏旅行、愛知万博でのシェーンベルク≪グレの歌≫の上演など3年間の在任中、常に名古屋から世界へ話題を発信し続けた。
1995年、自らの呼びかけで結成されたトウキョウ・モーツァルトプレーヤーズと共に、三鷹市芸術文化センターを拠点に活動を開始。EXTONレーベルへ「ベートーヴェン交響曲全集」の録音も行っている。
またオペラ指揮者としての活躍も期待されており、97年≪後宮からの誘拐≫でデビュー以後、国内外で数々の演目を指揮。98年の開館以来、びわ湖ホール「青少年オペラ劇場」を指揮も担当した。近年では2001年2月オペラコンチェルタンテ・シリーズでのストラヴィンスキー≪夜鳴きうぐいす≫、ツェムリンスキー≪王女様の誕生日≫(日本初演)、2002年2月ブゾーニ≪ファウスト博士≫(日本初演)、日生劇場ベルク≪ルル≫全3幕完成版(日本初演)等を指揮、いずれも絶賛されている。2005年、インスブルック・チロル歌劇場へ≪ドン・カルロ≫で、ケルン歌劇場へ≪ジョニーは演奏する≫でデビュー。2007年4月よりびわ湖ホール第2代芸術監督に就任。同年春にはバイエルン州立バレエにジョン・アダムズ≪室内交響曲≫+マーラー≪大地の歌≫でデビュー、好評を得る。同公演は7月ミュンヘン・オペラ・フェスティバルでも再演された。11月にはびわ湖ホール≪王女様の誕生日≫、≪ばらの騎士≫(ホモキ演出)を芸術監督初年度のプロダクションとして打ち出し、各新聞紙上で絶賛された。
現代音楽にも深い理解と造詣を持ち、リゲティ、ルトスワフスキ、ベリオ、デュティユー等数々の日本初演を指揮、その緻密な解釈と的確な指揮は作曲者自身にも「完璧な解釈」と高く評価されている。CDでは、武満徹の作品集(DENON)、日本作曲家選輯(NAXOS)などをレコーディングしている。
2008年4月より大阪センチュリー交響楽団首席客演指揮者。1991年第1回「出光音楽賞」、1999年第7回「渡邉曉雄音楽基金音楽賞」、2001年第51回「芸術選奨文部科学大臣新人賞」、2004年第3回齋藤秀雄メモリアル基金賞、2005年第46回毎日芸術賞、第23回中島健蔵音楽賞をそれぞれ受賞。
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