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指揮


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ルドルフ・バルシャイ
Rudolf Barshai, Conductor
 現代の指揮界の重鎮であるルドルフ・バルシャイは、彼の指揮する楽曲の作曲家たちと最も直接的な繋がりを持っている指揮者であり、ショスタコーヴィチに作曲を学び、プロコフィエフに管弦楽法を師事し、アレクサンダー・ロクシンの音楽の紹介者として知られている。彼は、1955年に自ら創設し、世界的なレベルにまでその実力を引き上げたモスクワ室内管弦楽団とは数多くのツアーを行っており、また、数え切れないほどの作曲家たちがバルシャイと彼のオーケストラのために曲を書いている。ロシアの聴衆をバロック音楽と室内楽の世界に開眼させたのは、まさしく彼と彼のモスクワ室内管にほかならない。彼は、作曲家たちに曲を委嘱するだけでなく、それらの曲の編曲も行っている。それらのうちで最も有名な楽曲は、ドミトリ・ショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲第八番の室内管弦楽版であろう。
  20世紀のロシアの音楽に対するバルシャイの解釈は、そういった様々な作曲家たちとの仕事の中で培われ、その結果、他者のそれとは比較にならない正統性を湛(たた)えることとなった。バルシャイは20世紀の作曲家の多くと共演しており、なかでもショスタコーヴィチとの演奏会では作曲家自身がピアノを弾くことも多かった。バルシャイは、指揮者およびヴァイオリニストとしてだけでなく、ヴィオラの名手でもあった。彼はヴィオラ奏者としてしばしばダヴィッド・オイストラフ、スヴィアトスラフ・リヒテル、エミール・ギレリス、レオニード・コーガン、ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチらと室内楽のコンサートを行っている。
  ショスタコーヴィチの死後、ルドルフ・バルシャイは西ヨーロッパに移住し、新たなキャリアを築き始めた。彼はロンドン響、BBC響、フィルハーモニア管、フランス国立管、ベルリン・ドイツ響、パリ管などのヨーロッパの一流オーケストラをはじめ、アジア、アメリカのオーケストラも訪れ、バッハ、モーツァルト、シューベルト、ブラームスからマーラーやショスタコーヴィチに亘るレパートリーを指揮している。英国のサザンプトン大学は、バルシャイに名誉音楽博士の称号を贈っている。
  ルドルフ・バルシャイは数え切れないほどの録音を行っているが、中でも特筆すべきはケルン放響と行ったショスタコーヴィチの15交響曲全曲録音である。彼はマス・メディアや虚飾の世界とは距離を置いており、世界中を忙しく飛び回り、練習不足の曲目を演奏するような指揮者とは一線を画している。バルシャイの名前はすなわち、作曲者が楽曲に込めた意思の完璧な具現者を意味する:作曲者の薫陶を直接受けたものとして、彼は彼らの思想の忠実な代弁者たるべく、唯一つの目標−清澄さと確かな焦点の獲得−へ向かってオーケストラを導いていく。そしてその時、驚くべき成果をオーケストラにもたらす。今日、譜面に真に忠実に、楽曲に込められた意味を説得力のある音にできる解釈者は数えるほどしかいない。バルシャイは、楽曲を「興味深い」ものにするために「添加物」を必要としたりはしない。彼は、音楽そのものが発しているものをひたすら示してみせるのみである。ベートーヴェンの交響曲における彼の解釈は、その様式と構築力においてユニークである。バルシャイ指揮による「エロイカ」交響曲を聴いたとき、ショスタコーヴィチは云った:「こんなベートーヴェンを聴いたのは、クレンペラー以来だ。」実際、バルシャイの音楽は、クレンペラーのそれとよく比較される。その本能的ともいえる確かな読譜力は、バルシャイをマーラーの交響曲の神髄に導き、マーラーが譜面に残した謎にも明瞭な答を提出させる。それは、凡庸な指揮者が、表面的な効果を狙うという最も安易な方法でその答を求めようとするのとは明らかに違うものである。バルシャイは、この技能を1940年代から60年代にかけてモスクワでの特別な修練によって習得した。それは、20世紀後半のロシアの全ての巨匠たちが受けた修練であった。バルシャイはモスクワ音楽院で伝説的なレヴ・ツァイトリンにヴァイオリンを師事した。ツァイトリンは、ロシアにおけるヴァイオリン奏法の父と言われるレオポルト・アウアーの一番弟子であった。オーストリア人のアウアーは、正統ウィーン古典派の精神をロシアにもたらしたことで知られている。
  常に弦楽四重奏団での演奏に熱心だったバルシャイは、学生時代にヴァイオリンからヴィオラに転向し、その後、ボロディン四重奏団とチャイコフスキー四重奏団を結成した。ショスタコーヴィチとの親交が始まったのもこの頃である。そして、全体主義的な官僚制度に抵抗するべく立ち上がったのも、バルシャイであり、ショスタコーヴィチとの親密かつクリエイティヴな友情によって、彼の交響曲第14番を彼のモスクワ室内管と1969年に初演したのもバルシャイであった。
  また、ピアニストのスヴャトスラフ・リヒテルは、「半分の心しか込めないオーケストラ伴奏」に辟易し、何十年もの間たった二人の指揮者としか共演しなかった。それは、ベンジャミン・ブリテンとルドルフ・バルシャイであった。
  バルシャイはまた、作曲や編曲などの創造的な作業にも熱心であり、新しい「音」を常に貪欲に求めている。彼は近年、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を小編成のオーケストラ用に編曲したほか、2000年には長年のプロジェクトを完結させた。それは、これまで信頼できる筋の演奏記録によってのみ存在していたマーラーの交響曲第10番の管弦楽譜化とその完成であった。このバルシャイ版の初演は、全ての交響楽曲のレパートリーに新たな意義深い財産をもたらしたものとして、歴史に刻まれることとなったのである。
 
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