マリス・ヤンソンスは、2004年、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団第6代首席指揮者に就任した。1988年以来、彼はコンセルトヘボウ管弦楽団に客演するためにアムステルダムを何度も訪れ、オーケストラからも市民からも慕われ愛されてきた。ヤンソンスは、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団を率いた1979年から2000年の任期中に、同団を国際的なレベルに引き上げた優れた業績によって国際的に高い評価を勝ち得た。2003年9月にはミュンヘンのバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任し、コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者と兼任する。この他、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー準首席指揮者、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者を歴任している。
また近年は世界の一流オーケストラに客演し、ボストン交響楽団、シカゴ交響楽団、クリーヴランド管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団などを指揮し続けている。
ラトヴィア共和国の首都リガに生まれ、13歳のときにレニングラード(現サンクトペテルブルク)に移り住んだ。父のアルヴィド・ヤンソンスは著名な指揮者で、当時はレニングラード・フィルの音楽監督、エフゲニー・ムラヴィンスキーの助手を務めていた。母はオペラ歌手であった。マリス少年はレニングラード音楽院でヴァイオリン、ピアノ、指揮法を修めた。1969年、ウィーンに渡りハンス・スワロフスキーに、その後ザルツブルクでヘルベルト・フォン・カラヤンに師事した。そのわずか2年後、ベルリンで開催されたカ
ラヤン国際指揮者コンクールに優勝した。
ヤンソンスのサンクトペテルブルク・フィル(旧称レニングラード・フィル)との関わりは1973年以来であり、音楽監督のムラヴィンスキーが彼を準指揮者に招いたのである。ヤンソンスは長年にわたってこのオーケストラを率いて世界各国へのツアーを行い、成功させている。
次にヤンソンスがリーダーシップをとったオスロ・フィルは、その20年の間に国際的な地位を確立した。ヨーロッパ、アメリカ、日本の主要な音楽都市を訪れ、また、ザルツブルク、ルツェルン、エジンバラなどの音楽祭、ロンドンのBBCプロムス、バービカン・センター、ロイヤル・フェスティヴァルホールに招かれ、ウィーン楽友協会ホール、アムステルダム・コンセルトヘボウ、ニューヨークのリンカーン・センターやカーネギーホール、東京のサントリーホールでも演奏した。EMIおよびシャンドス・レーベルに収めた数多くのレコーディングもつねに高い評価を博してきた。
レコーディングでは、オスロ・フィルとの数々の名盤のほかに、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、フィラデルフィア管弦楽団、ロンドン・フィルなど一流オーケストラとの録音があり、その多くが国際的な賞を受賞している。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の自主レーベル、RCO Liveに収録した初めての録音は、聴衆からも報道からも熱狂的に迎えられている。
ヤンソンスはその偉業に対し、ノルウェー王国功労星章はじめ多くの国際的な賞を贈られており、ロンドンの王立音楽アカデミー会員およびウィーン楽友協会会員でもある。
ヤンソンスはサンクトペテルブルク音楽院の指揮科教授も務めている。 |