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| オーケストラ 2006 10.11〜10.19 |
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ルツェルン祝祭管弦楽団
クラウディオ・アバド : 指揮
マウリツィオ・ポリーニ : ピアノ
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Lucerne Festival Orchestra / Claudio Abbado |
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愛すべき巨匠・アバドがついに日本に還ってくる!
彼を敬愛する世界のトップ・プレーヤー達が集う
夢のスーパー・オーケストラ。
ルツェルン音楽祭の新たな伝統=伝説を
東京で体験できる至福の瞬間。
マエストロ、ありがとう!
生死をさまよう重病からの生還。その後ベルリン・フィルを退任、引退か?衝撃的なニュースが未だ記憶に新しい現代の真の巨匠クラウディオ・アバド。しかしながら、彼の情熱は新たな伝説を生み出した。
2003年夏。そのオーケストラは確かに新たな伝説を生むべく誕生したのである。キラ星のごとく輝く世界のトッププレーヤーが集ったそのオーケストラから奏でられるサウンドは、まるで限界というものを知らないかのような、華やかな色彩にあふれ、どこまでも拡がる力強さで我々の度肝を抜いたのである。まるで、生きていることへの賛歌を謳いあげるがごとく。
目を転ずれば、ザビーネ・マイヤー、シュテファン・ドール、ブラッヒャー、クリスト、グートマン、ハーゲン弦楽四重奏団のメンバー、アルバン・ベルク四重奏団など世界のトップメンバーの実に活き活きした笑顔がある。そう、音楽家たちもこの演奏の喜びを心から感じているに違いない。
祝祭管弦楽団の名前どおり、さあ、ここ東京でも祝祭の時を。朋友ポリーニも加わる世紀のイベントに高鳴る期待。
マエストロ、グラーツィエ!
CD=ドイツ・グラモフォン/ユニバーサル ミュージック
●プロフィール
ルツェルン祝祭管弦楽団
2003年、ルツェルン音楽祭のレジデンス・オーケストラを再編成することを計画していた総支配人ミヒャエル・ヘフリガーと、若手・ベテラン奏者を交えた新しいオーケストラと音楽活動をすることを夢見ていたアバドが意気投合し、慎重な準備段階を経て創立された。マーラー・チェンバー・オーケストラが中核となり、各パートのトップにはベルリン・フィルの現・元首席奏者やソリストとして活躍する奏者が加わっている。デビューとなったマーラーの交響曲第2番《復活》の演奏はセンセーショナルな話題を呼び、以後世界的な注目を集めている。
クラウディオ・アバド (指揮)
1933年、ミラノ生まれ。ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院、ついでウィーン国立音楽アカデミーでハンス・スワロフスキーに学ぶ。1960年にミラノ・スカラ座にデビューし、1963年ミトロプーロス国際指揮者コンクール第1位受賞。その後、ロンドン交響楽団音楽監督、ウィーン国立歌劇場音楽監督、ベルリン・フィル首席指揮者・芸術監督等のポストを歴任。若い音楽家の才能の育成にも力を尽くし、1978年にECユース・オーケストラ、1986年にグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラを創設した。1997年、グスタフ・マーラー・オーケストラの選抜メンバーによりマーラー・チェンバー・オーケストラを創設、瞬く間にヨーロッパにおける質の高い室内管弦楽団として高い評価を受けるまでに育て上げた。先頃、ルツェルン祝祭管弦楽団の芸術監督アバドの契約が、2010年まで延長されることが発表となった。
マウリツィオ・ポリーニ (ピアノ)
1942年ミラノ生まれ。1960年ショパン・コンクールで審査員全員一致の優勝を飾る。ヨーロッパ、アメリカ、日本の中心都市であらゆる主要オーケストラや指揮者と共演、リサイタルを行う。1995年「ピエール・ブーレーズ・フェスティバル in Tokyo」のオープニングを飾るリサイタルを行った。
1995年と1999年にザルツブルク音楽祭で、1999年から2001年にかけてはニューヨークのカーネギーホールで、自らの企画によるコンサート・シリーズを展開し、次いで2002年秋には「ポリーニ・プロジェクト 2002 in 東京」を実現した。
●海外レポートから
入念なリハーサルを積み上げた一期一会の《復活》
単に豪華なメンバーを集めただけの“お祭りオーケストラ”はこれまでにも聴いたことがある。ところがそれは単なる名手の寄せ集めにすぎず、チーム・プレイという面ではまったく物足りない思いをするだけ。このルツェルン祝祭管はそうした類のオーケストラとは一線を画す。アバドを敬愛する凄腕の奏者が集い、ゲネ・プロの前に長短あわせて5回のリハーサルを重ねて解釈に磨きをかけた成果は、まさにスーパー・オーケストラと呼ぶにふさわしいものだった。大多数のメンバーがオーケストラに所属するか、オーケストラの首席奏者を経験した人たちなので、オーケストラにおける弾き方を熟知しているところもこのオーケストラの特徴の一つ。全体の響きはベルリン・フィルを連想させるものの、現在のベルリン・フィルよりもより色彩的で自発性に富む。
低弦の威力に圧倒される冒頭部、その後のトゥッティのこの上なく豊かな響きはオーケストラの一つの極限の形を示したといえる。
岡本 稔 (音楽の友 2003年10月号)
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