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| 指揮 |
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| ギュンター・ピヒラー |
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Günter Pichler, Conductor |
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ギュンター・ピヒラーは、15歳でウィーン音楽大学に入学、18歳のときにはウィーン交響楽団のリーダーに任命された。21歳で、ヘルベルト・フォン・カラヤンによりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のリーダーに抜擢された。1963年よりウィーン音楽大学教授、1993年からケルン音楽大学で客員教授を務めている。1969年モーツァルト解釈賞受賞。1970年には、アルバン・ベルク四重奏団を結成し、以来、この名声ある四重奏団を率いている。
ギュンター・ピヒラーは、アルバン・ベルク四重奏団での活動だけでは尽くすことができない音楽上のアイディアを表現する可能性をさらに広げるために、指揮者としての活動を開始。1989年1月ウィーン・コンツェルトハウスにおけるウィーン室内管弦楽団との公演で指揮者としてデビューした。
同管弦楽団の公演で指揮をするほか、定期的に客演しているオランダ室内管弦楽団やニュー・シンフォニエッタ・アムステルダムなど、多数のドイツ・オランダのオーケストラから招聘されている。オランダ室内管弦楽団とは1996年11月にドイツ公演旅行を行った。英国ではロンドン・モーツァルト・プレイヤーズとノーザン・シンフォニアを指揮し好評を得て、再び、両オーケストラとともに舞台に立っている。1995年には、マンチェスターでハレ管弦楽団を指揮した。
日本では1991年7月サントリーホールでNHK交響楽団モーツァルト・シリーズの一公演を、1993年8月には東京フィルハーモニー交響楽団を指揮した。また、1994年と1996年、ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズと二度の日本ツアーを行い、1997年にも同楽団の英国祭参加のコンサートを指揮している。
1995年春にはイスラエル室内管弦楽団とヨーロッパ・ツアーを行い、1997年にはイスラエルに招かれ同団を指揮している。最近では、アイルランド室内管弦楽団、ローザンヌ室内管弦楽団、ノルウェー室内管弦楽団、パドヴァ管弦楽団、ライプツィヒ室内管弦楽団を指揮。さらに、ルツェルン・フェスティバルで、アカデミア・ビザンティーナを指揮してルチアーノ・ベリオとデル・コルノの作品を初演している。
1998年にはウィーン室内管弦楽団及びニュー・シンフォニエッタ・アムステルダムを多数公演で指揮、また、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団のヨーロッパおよび日本での公演などで指揮した。
1999年および2000年にギュンター・ピヒラーは、イタリアでトスカーナ管弦楽団およびイタリア弦楽オーケストラを指揮し、アイルランド室内管弦楽団とアイルランド公演旅行を行うほか、ウィーン室内管弦楽団を指揮、アンサンブル・オーケストラル・ド・パリを指揮してシャンゼリゼ劇場およびシャトレ座で公演した。日本では、先述のNHK交響楽団と東京フィルハーモニー交響楽団のほかに、大阪フィルハーモニー交響楽団及び、2006年10月には札幌交響楽団を指揮。 2001〜2006年オーケストラ・アンサンブル金沢のプリンシパル・ゲスト・コンダクターを務め、現在はOEK名誉アーティスティック・アドヴァイザーの任に就いている。
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