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「エマニュエル・クリヴィヌは現代においてもっとも偉大な指揮者であり、いかなることがあっても決して聴き逃してはならない。」(ロンドン・ガーディアン紙 2003年2月)
ロシア人とポーランド人の両親のもとで生まれ育ったエマニュエル・クリヴィヌは幼い頃からオーケストラ曲やオルガン曲に強い興味を示した。しかし音楽家としてのキャリアのスタートはヴァイオリニストとしてであった。16歳でパリ音楽院第一位を獲得して卒業し、エリザベート王妃音楽管メンバーとしてヘンリック・シェリンク、ユーディ・メニューインに師事、多くのコンクールにも入賞している。
1965年、ザルツブルクでカール・ベームに出会った事がクリヴィヌの将来を決定付けた。この出会いによって将来の方向をソロ活動から次第に年来の願望であった指揮の道に向けることになった。1976年から83年までラジオ・フランス管の首席客演指揮者として、1987年から2000年までフランス国立リヨン管の音楽監督を、またフランス国立ユース・オーケストラの音楽監督を7年間務めている。
エマニュエル・クリヴィヌは世界一流のオーケストラと数多く共演、ベルリン・フィル、ロンドン響、アムステルダム・コンセルトヘボウ、フランス国立管、ヨーロッパ室内管、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、他にもボストン、クリーブランド、フィラデルフィア、ロサンジェルス、モントリオール、シドニー、メルボルンのオーケストラなどがあげられる。
2003〜2004年のシーズンはロンドン・フィル、ルクセンブルク・フィル、ロッテルダム・フィル、アメリカとカナダではヒューストン、ミネソタ、シンシナティ、ダラス、アトランタ、トロントのオーケストラとの共演を予定している。
エマニュエル・クリヴィヌは新しいオーケストラ、ラ・ションブル・フィルハーモニーク (La Chambre Philharmonique) を創設、作品とその時代に適した楽器を使用し、ヨーロッパ各地から集められたオーケストラ・メンバーと共に、古典、ロマン派から現代にいたるさまざまなレパートリーの研究、解釈に精力をそそいでいる。ラ・ションブル・フィルハーモニークは2004年はじめにナントでのラ・フォル・ジュルネ音楽祭においてデビューを飾り、2004年夏、10月、11月、2005年2月にツアーを予定している。 |