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スイスのローザンヌに生まれ、ローザンヌとジュネーヴでヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノ、打楽器、作曲、指揮を学んだ。指揮で1等賞を獲得した後、さらにイタリアのシエナとヴェネツィア、およびシャルル・ミュンシュのもとタングルウッドでも学んだ。1964 年、カラヤンの招きでウィーン国立歌劇場にて指揮。スイスでのキャリアは、ベルン交響楽団とチューリヒ・トーンハレ管弦楽団で、それぞれパウル・クレツキとルドルフ・ケンペのもと副指揮者を務めることから始まった。また、ヨーロッパ、アメリカ、南米の主要なオーケストラに定期的に客演し、1967 年、パウル・クレツキの後を継いで、ベルン交響楽団の音楽監督に就任した。
さらにメキシコ国立交響楽団やエーテボリ交響楽団の音楽監督を務めた後、1977 年、モントリオール交響楽団( OSM )の芸術監督に任命された。
四半世紀にも及んだデュトワ/ OSM の音楽的なパートナーシップは、世界で最も成功したものの一つと評価されている。
1996 年から NHK 交響楽団の首席指揮者、1998 年には音楽監督を務め、2003年から名誉音楽監督に就任。N響とは、ヨーロッパ、アメリカ、中国、そして香港やシンガポール、マレーシアといったアジアの国々への海外ツアーをたびたび行ってきた。また、1991 年から 2001 年までフランス国立管弦楽団の音楽監督も務めた。
1990 年以来、ニューヨーク州のサラトガ・パフォーミング・アーツ・センターで行われるフィラデルフィア管弦楽団の演奏会シリーズで、芸術監督と首席指揮者を務めている。また、1999 年夏まで、フィラデルフィアのマン・ミュージック・センターでの同団の夏期シリーズも監督した。
デュトワと OSM は、デッカ、EMI、フィリップス、CBC で 85 以上のレコーディングを行っており、ふたつのグラミー賞、共和国大統領賞 (President de la Republique) のグランプリ(フランス)、モントルー・ディスク賞の世界グランプリ (Prix mondial du disque de Montreux)、ハイ・フィデリティ国際レコード批評家賞 (High Fidelity International Record Critics' Award)、アムステルダム・エディソン賞、日本レコードアカデミー賞、ドイツ音楽批評家賞など、40以上の国際的な賞や栄誉を獲得している。
ほかのオーケストラとの録音も多く、デッカ、ドイツ・グラモフォン、EMI、フィリップス、CBS、エラートから発売されている。
1981 年以来、デュトワと OSM は、世界各地をめぐる37の主要なツアーを企画し、ハリウッド・ボウルや、ラヴィニア、タングルウッド、ニューヨークの音楽祭にも出演している。1982 年からは、年1回、ニューヨークのカーネギーホールで満員の聴衆を楽しませている。
1982年以来、ボストンやニューヨーク、フィラデルフィア、クリーヴランド、シカゴ、ピッツバーグ、ロサンジェルス、サンフランシスコといったアメリカのあらゆる主要なオーケストラに定期的に招かれている。また、パリやロンドンの各オーケストラや、イスラエル・フィル、ベルリン・フィル、ミュンヘン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団でも頻繁に指揮をしている。
1983 年にコヴェント・ガーデンで歌劇場デビューを果たして以来、メトロポリタン歌劇場やベルリン・ドイツ・オペラからしばしば招かれ、指揮してきた。また、ロサンジェルス・ミュージック・センター・オペラでは、ベルリオーズの傑作《トロイ人》の新演出を指揮した。
1988 年には、カナダにおける音楽への特別な貢献が認められて、カナディアン・ミュージック・カウンシル・メダルを受賞。同年にはさらに、フランス政府より芸術文化勲章オフィシエを、そして1996 年には芸術文化勲章コマンドゥールを拝受した。
1991 年、フィラデルフィア市の名誉市民となった。1994年には、カナダ芸術協議会により、カナダにおける芸術への優れた貢献で栄誉賞が贈られ、1995年にはケベック政府によりケベック州勲章グラントフィシエを受けた。
偉大な経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイス、科学者ジェイムス・ヒリアー、ネルソン・マンデラ、エリザベス女王皇太后陛下と並んで、カナダで最も栄誉あるカナダ名誉勲章を与えられた5人のうちのひとりである。
長年にわたりN響の音楽監督としてNHKの数々の音楽番組に出演し、放送文化の向上につとめた功績により、2003年3月、NHKの「第54回放送文化賞」を受賞した。2004年、宮崎国際音楽祭アーティスティック・ディレクターに就任。
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